設計事務所を設立してほどなく、私は両親の家を設計することになった。我が両親は現在共に70代。長年田舎で生活し、そのまま住み慣れた地で暮らし続けるのだろうと思っていた。ところが、健康上の不安や寒冷地での生活の大変さに加え、心配ばかりかける娘を思い、娘の生活拠点近くに家を建て引っ越したいと言い出したのだ。
彼等の終の住処としてどんな家を建てたらいいのか思い悩む日々が始まった。設計当時はまだ両親共に健康であったため、同居は考えず、老夫婦だけで住むことにした。しかし数年後、どんな変化が生じているのか。小さな子供を持つ家族よりも、時間的予測は難しいかもしれない。辿り着いた結論は、将来の生活の変化に対応可能な、シンプルな箱として空間を構成することだった。鉄骨とコンクリートの床でつくられた箱は、改装改修すれば、新しいプランをつくり出す事が可能な自由な箱である。
ところで、家を設計する折に要求される条件として、防犯レベルの高さがあげられる。開口部の開放感を保ちながら、いかに防犯性能を高めるか、ここは建築家の腕の見せどころ。この老後の家では、建物と一体化させた木ルーバーで中庭を取り囲み、出入り口を2ヶ所に絞ってみた。これなら、侵入するために壊さなければならない扉が2重になる上、中庭での心理的な安心感も保てる。
さて、この防犯のための仕掛けが、思わぬところで役に立つことに。引っ越して数年後、父が徘徊をはじめたという連絡が入った。困った。始終出ていかないように見ているわけにもいかないし、部屋に閉じ込めてしまうのはかわいそうである。そこで、この木ルーバーの出入り口2ヶ所に内側から鍵を取り付けてみた。これなら鍵がかかっていても、中庭や屋上には自由に出入りできるので、父も閉じ込められているというストレスを感じずにすみ、母も父の行方を気にせずにいられる。当初は考えもしなかったが、防犯のための役割が防徘徊にも役立つこととなったのである。
田舎の瓦屋根の木造住宅から移り住んだ両親にとって、当初この家は少々殺伐とした印象であったようだが、5年程経過し、住み心地が良くなってきているようである。人も家も、街も環境も変化し続けている。進歩、発展もあれば破壊や荒廃、衰退もある。それらの変化と向き合い、心豊かに生活していけるような環境、成長変化する空間をつくり続けて行きたい。
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