名庭園を訪ねる その4
- 2021年5月10日
- ナビコラム
~平泉・毛越寺浄土庭園~
平安時代末期、奥州に栄えた藤原氏による一大仏教都市・平泉は、古くからあの「中尊寺金色堂」(1128年築?)の眩く怪しい黄金の輝きで、日本人の歴史ロマンを誘ってきました。当時建造された、中尊寺や毛越寺(もうつうじ)を始めとする壮麗な伽藍群がことごとく失われる中で、金色堂のみが残った奇跡には驚かされますが、もう一つ、比較的旧状を留めている重要な遺構として「毛越寺庭園」があります。毛越寺は、奥州藤原氏二代目の基衡が、1117年に再興した寺院で、当時は40余りの堂塔と500を超える僧房を擁し、中尊寺を凌ぐ規模であったと言われています。現在の毛越寺には、往時の建築は全く残っていないのですが、今に残る庭園が、当時の浄土式庭園の姿をよく伝えており、貴重です。
現在、毛越寺の伽藍は、「大泉が池」と呼ばれる人工池の南側に配されていますが、往時の金堂を始めとする主要伽藍は池の北側に配されており、中島を挟んで二つの橋を渡って金堂にアクセスする形が取られていました。これらの橋も、池の中に今なお残る柱脚以外は失われていますが、美しい曲線を描く池の形状や、そこから半島状に突き出した先に組まれた豪壮な出島石組み、築山周りの石組み、あるいは石敷きの洲浜などに、浄土式庭園の作庭技法が典型的に表れており、また、その旧状も良くとどめられています。
また、毛越寺では長年に亘り発掘調査が行われてきましたが、近年のトピックとしては、「遣水(やりみず)」の発見と復元があげられます。遣水というのは、流れの緩急や石の配置に工夫を凝らし、時には宴の場としても活用された、池泉に流れ込む水路のことですが、「枯山水」の流行と共に衰退し、現存する遺構はありません。遣水の作庭法については、最古の造園指南書である「作庭記」に詳述されていますが、毛越寺庭園で発掘された遣水は、作庭記に忠実な構成を持っていました。その遣水が復元され、直近で鑑賞できるようになったことには、大きな意義があるのではないでしょうか。
現在の毛越寺庭園は、山林を借景にたおやかに水をたたえる大泉が池に、いくつかの石組みが静かに残るのみで、多くの堂宇が建ち並んでいた、900年前の様子を思い浮かべることは、いささか困難です。ただ、残されたこれらの石組は、それだけでも往時の美的、文化的センスを感じさせる、素晴らしものです。かつて存在したであろう壮麗な伽藍に想いを馳せながら、静かに池の畔を散策してみては如何でしょうか。
〔基本情報〕
住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉大沢58
JR東北本線「平泉」駅下車 徒歩7分
見学:可
住まいのナビゲーター
一級建築士 金山 眞人
次回のナビコラムは
住まいのナビゲーター 亀井 真理さんの「暮らしに色を取り入れてみませんか? その5」です。
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